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佐賀地方裁判所 昭和42年(ワ)33号 判決

原告

西村シカエ

ほか二名

代理人

元村和安

被告

西部電気工業株式会社

新井貫一

代理人

青山友親

主文

被告らは、各自、原告西村シカエに対し金六二四万九、六五〇円、原告西村ゆかりに対し金七一七万五、三五〇円、原告西村克也に対し金七一七万五、三五〇円および右各金員に対する昭和四一年五月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決は、第一項にかぎり、原告らがそれぞれ被告ら両名に対し各金二〇〇万円の担保をたてたときは、それぞれ仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告ら

1  被告らは、各自、原告西村シカエ(以下単に原告シカエという。)に対し金九八〇万二五五円、原告西村ゆかり(以下単に原告ゆかりという。)に対し金一、〇七二万五、九五五円、原告西村克也(以下単に原告克也という。)に対し金一、〇七二万五、九五五円および右各金員に対する昭和四一年五月三日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに第1項についての仮執行の宣言。

二、被告ら

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

との判決。

第二、当事者双方の主張

一、原告らの請求原因

1  事故の発生

昭和四一年五月二日午後一〇時三〇分頃、福岡県筑紫郡筑紫町五〇三番地先国道三号線において、原田方面から二日市方面に進行中の訴外海重行(以下単に訴外海という。)運転の自動三輪車(登録番号熊六せ八九二〇号、以下本件自動車という。)とこれに対向して進行してきた訴外西村豊(以下単に訴外豊という。)運転の普通乗用自動車とが衝突し、よつて、訴外豊は脳挫傷により即死した(以下この事故を本件事故という。)

2  被告らの責任

(一) 被告西部電気工業株式会社(以下単に被告会社という。)は本件事故当時本件自動車を所有し、これを自己の下請業者である被告新井貫一(以下単に被告新井という。)に使用させていたものである。

(二) 被告新井は本件事故当時被告会社から本件自動車を借り受けて使用していた者である。

(三) 訴外海は、被告新井の被用者である。

(四) 本件事故は、訴外海の過失によつて発生したものである。すなわち、訴外海は自動車の運転免許を受けていない者であるうえ、飲酒して本件自動車を運転し、道路の区分帯を無視して中央線を越えて進行した過失により、本件自動車を対向して進行して来た訴外豊運転の自動車に正面衝突させたのである。

(五) 本件事故は、被告らの事業の執行につき発生のたものである。

(六) したがつて、被告らは、いずれも第一次的に自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称する。)第三条により、第二次的に民法第七一五条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 訴外豊は昭和七年八月三日生れ(本件事故当時三三才)の健康な男子であり騎手兼競走馬の管理者(調教師)をしていたものであるが、昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの間の収入は、次のとおりであり、その合計額は金二七七万六、一四〇円であつた。

(1)騎乗料 金二六万三、〇〇〇円

(2)騎手賞 金一三万七、一〇〇円

(3)賞金 金一三九万八、三四〇円

訴外豊は騎乗した競走馬で獲得した賞金の二割が自己の所得となつていたところ、その獲得した賞金の総額は金六九九万一、七〇〇円であつたので、その二割である右金員の収入があつた。

(4)管理者手当 金五五万七、七〇〇円

(5)預託手数料 金四二万円

訴外豊は馬主から常時平均五頭の馬の預託を受け、一頭につき一ケ月七、〇〇〇円の純収益を得ていたところ、右金額はその合計額である。

ところで訴外豊の右期間における生活費は多くとも金三六万円(一ケ月金三万円の割合)を超えなかつたから、これを差し引いても純収益は少なくとも金二四一万六、〇〇〇円を下らなかつた。

したがつて、訴外豊は本件事故にあわなければ、事故の日からなお一七年間は右職業に従事してその間毎年右金額と同額の純収益を得ることができたものであるところ、民法所定の年五分の割合による中間利益をホフマン式計算法により控除して、右一七年間に得べかりし純収益の本件事故時の現価を求めると、金二、九一七万七、八六五円になるので、訴外豊は本件事故による死亡によつて右金額の得べかりし利益を失つたものである。

(二) 訴外豊の相続人は妻である原告シカエ、いずれも子である原告ゆかりおよび原告克也の三名であつて、原告らはそれぞれ前記(一)の訴外豊の得べかりし利益喪失による損害賠償請求権金二、九一七万七、八六五円の三分の一である金九七二万五、九五五円ずつを相続により承継した。

(三) 本件事故により、原告シカエはその夫を、原告ゆかりおよび原告克也はいずれもその父を失つたものであり、原告らの蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては各金一〇〇万円が相当である。

なお、原告シカエは本件事故による自動車損害賠償責任保険金一〇〇万円を受領したので、これを自己の右慰藉料に充当する。

(四) 原告シカエは、本件事故の発生により、その当日のタクシー代金九、三〇〇円、葬式費用金六万五、〇〇〇円合計金七万四、三〇〇円の支出を余儀なくされ、同額の損害を蒙つた。

4  結論

よつて、被告ら各自に対し、原告シカエは金九八〇万二五五円、原告ゆかり、原告克也は各金一、〇七二万五、九五五円および右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四一年五月三日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告らの答弁と主張

1  請求原因1の事実のうち、訴外豊が普通乗用自動車を運転していたこと、その事故が対向する両車両の衝突であつたこと、訴外量の死因が脳挫傷であるあることはいずれも知らないが、その余の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の事実は認める。

(二)  同2の(二)の事実は認める。

(三)  同2の(三)の事実は否認する。

(四)  同2の(四)の事実は知らない。

(五)  同2の(五)の事実は否認する。

(六)  同2の(六)の主張は争う。

(七)  被告会社は被告新井に対し本件自動車の貸与期間中、その管理保管を完全に任せており、その運行についてはなんら監督する立場になかつた。また、被告新井は被用者山崎剛をして本件自動車の管理をさせ、その管理上なんらの過失もなかつた。しかるに、被告らとなんら雇用関係のない訴外海が勝手に本件自動車の鍵を被告新井の飯場事務所から持ち出して、本件自動車を運行し、本件事故を発生させたのである。したがつて、被告らはいずれも本件事故による損害については、自賠法第三条の運行供用者としての賠償責任を負うものではなく、また民法第七一五条の使用者としての賠償責任を負うものでもない。

3  (一) 同3の(二)の事実は否認する。

(二) 同3の(二)の事実のうち、訴外豊の相続人が妻である原告シカエ、いずれも子である原告ゆかりおよび原告克也の三人であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同3の(三)の事実のうち、慰藉料請求権発生の事実は否認する。

(四) 同3の(四)の事実は否認する。

第三  当事者双方の証拠関係〈省略〉

理由

一本件事故の発生

原告ら主張の請求原因1の事実のうち、その主張の日時、場所において、訴外海が本件自動車を運転していたこと、および訴外豊が死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、いずれも〈証拠〉によつてこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二被告らの責任

本件事故当時、被告会社が本件自動車を所有していたことおよび被告新井がこれを被告会社から借り受けて使用していたことは当事者間に争いがない。

そうすると、本件事故当時被告らが本件自動車に対する運行支配を喪失していたとみるべき事情が存しないかぎり、被告らは運行供用者として本件事故による損害を賠償すべき責任を負うというべきところ、その運行支配を喪失していたかどうかは訴外海と被告らとの雇用関係その他人的関係の有無、訴外海の本件自動車運行の動機、目的およびその乗り出しの状況、被告らの間における本件自動車の貸借関係などにより決せられるべきものであるから、これらの点について判断する。

まず、訴外海と被告会社との間に雇用関係その他の人的関係の存することを認めるべき証拠はない。そして、〈証拠判断略〉ほかに訴外海と被告新井との間に雇用関係その他の人的関係の存することを認めるべき証拠はない。

しかしながら、〈証拠〉を総合すると、被告新井は新井組の名称で被告会社の土木工事の下請けのみをその業としていた者であつたところ、昭和四一年四月中旬頃から被告会社が元請していた「二日市新加入者増設工事」と称する電話架設土木工事の下請けをしていたが、その工事のため同月二三日に福岡県筑紫郡筑紫野町塔の原に西部電気工業工事事務所の名称で飯場事務所を設け、被用者をここに居住させていたこと、被告新井は右下請工事をするにつき自動車が必要であつたので、被告会社にその貸与を求め、同月二八日に貸与期間約一週間の約束で無償で本件自動車を借り受けたこと、そして被告新井は被用者である訴外山崎剛に本件自動車の運転をさせて右下請工事に従事させ、同訴外人は勤務時間後これを右飯場事務所敷地内の広場に置いて保管していたこと、訴外矢富挙一、同佐藤忠洋はいずれも被告新井に人夫として右下請工事に従事し、右飯場事務所内に居住していた者であるところ、本件事故当日、同訴外人らは仕事を終えて午後八時頃右飯場事務所に帰つたが、そこへ矢島の遊び友達である訴外海が遊びに来て三名で銭湯に行つたりしたのち、右飯場事務所で矢富が佐藤に対し国鉄の原田駅前の友人のところに借金の返済に行かなければならない旨話していたとき、訴外海がこれを聞いて、右飯場事務所内の机の上に架けられていた棚の上に前記山崎が置いていた本件自動車の鍵を探し出してきて、自分が運転してやるから本件自動車に乗つて行こうといい、矢富および佐藤はいずれも自動車の運転ができなかつたので、矢富が訴外海にその運転を頼み、同日午後九時五〇分頃、被告新井および前記山崎には無断で、右飯場事務所敷地内にあつた本件自動車に訴外海、矢富、佐藤が乗り込み、訴外海の運転で国鉄原田駅に向つて出発し、同駅前の矢富の友人宅で用を済ませたのち、再び右飯場事務所に帰る途中において、本件事故が発生したものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実から考えると、訴外海は被告新井の被用者ではないが、被告新井の被用者である訴外矢富の私用のため、同訴外人の依頼により、かつ、その了解のもとに、被告新井の飯場事務所内にあつた鍵を持ち出し、これにより同事務所敷地内に置いてあつた本件自動車に同訴外人および同じく被告新井の被用者である訴外佐藤を同乗させて、これを乗り出し、その運行をしていたものであるから、本件事故のとき、被告新井が本件自動車に対する運行支配を喪失していたとみることはできない。そして、被告会社と被告新井とが元請人と下請人の関係にあつたこと、被告会社の被告新井に対する本件自動車の貸与が、被告会社の工事施行のためであつたこと、被告新井が右のとおり本件事故のとき本件自動車に対する運行支配を喪失していたとみることができないことからすると、被告会社もまた本件事故のとき本件自動車に対する運行支配を失つていたとはみることができない。

したがつて、被告らはいずれも自賠法第三条により、本件事故によつて訴外豊の死亡により生じた損害を賠償すべき義務を負うといわなければならない。

三損害

1  訴外豊の失つた得べかりし利益

〈証拠〉を総合すると、訴外豊は競馬騎手兼競走馬の管理者(調教師)をしていたこと、そして訴外豊は昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの一年間に、

(1)騎乗料 金二六万三、〇〇〇円

(2)騎手賞 金一四万一、一五〇円

(3)賞金 金一〇四万九七〇円

訴外豊は騎乗した競走馬で獲得した賞金につき騎手として五分、管理者として一割の合計一割五分が自己の所得となつていたところ、その獲得した賞金総額は金六九三万九、八〇〇円であつたので、その一割五分にあたる右金員の収入があつた。

(4)管理者手当 金五五万七、七〇〇円

(5)預託手数料 金八万四、〇〇〇円

訴外豊は訴外松原利男から競走馬一頭を継続して預託を受け、一ケ月につき金二万三、〇〇〇円の預託手数料の支払いを受け、飼葉料などの費用を差し引いても少なくとも一ケ月金七、〇〇〇円の収入となり、したがつて一ケ年で右金八万四、〇〇〇円の収入があつた。

の収入を得ていたことが認められ、〈証拠判断〉。

そうすると訴外豊の右一ケ年間の収入合計額が金二〇八万六、八二〇円であつたことは計算上明らかであるところ、〈証拠〉に照らすと、原告らが主張するとおり訴外豊の生活費を一ケ年金三六万円(一ケ月金三万円の割合)とみることは相当であるから、右収入合計額からこれを控除すると、訴外豊の純収入額は金一七二万六、八二〇円であつたことになる。

ところで、〈証拠〉によると、訴外豊は昭和七年八月三日生れで本件事故当時三三才であり、健康体であつたことが認められるところ、訴外豊の前記職業とその収入の内訳に〈証拠〉を総合して考えると、訴外豊は本件事故にあわなければ、その後七年間(訴外豊の四〇才の年まで)は毎年前記認定の金一七二万六、八二〇円の純収入を得、八年目(同四一才の年)から一三年目(同四五才の年)にかけては毎年右金額からその百分の五ずつを減じた額の純収入を得、一三年目以降原告主張の一七年目(同五〇才の年)までは毎年同額の純収入を得ることができたものと認めるのを相当とする。そこで、その一七年間の純収入の現在価格を民法所定の利率年五分の割合による中間利息をホフマン式計算方法によつて控除して求めると、別紙計算表のとおり合計金一、八五二万六、〇五二円(一〇円未満切捨)てとなる。

2  原告らの相続

訴外豊の相続人は妻である原告シカエ、いずれも子である原告ゆかりおよび原告克也の三人であることは当事者間に争いがないから、原告らは訴外豊の死亡により前記1の訴外豊の蒙つた逸失利益損害賠償請求権の各三分の一である金六一七万五、三五〇円をそれぞれ相続により承継したことが明らかである。

3  原告らの慰藉料

〈証拠〉によると、本件事故当時、原告シカエは三一才、原告ゆかりは四才、原告克也は三才であつたことが認められるところ、原告らは本件事故によつて一家の中心である夫あるいは父を失つたのであるから、それぞれ多大の精神的苦痛を蒙つたことはいうまでもないことであり、そのそれぞれの苦痛に対する慰藉料としては各金一〇〇万円が相当である。

なお原告シカエは本件事故による自動車損害賠償責任保険金一〇〇万円を受領し、それを自己の右慰藉料に充当したことを自認するので、原告シカエの慰藉料請求権はすでに消滅したものである。

4  原告シカエのその他の損害

〈証拠〉によると、本件事故の発生により、原告シカエはその日に訴外豊の収容されている病院への往復のタクシー代金九、三〇〇円を支出したことおよび訴外豊の葬式費用として金六万五〇〇〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すべき証拠はない。

四結論

以上のとおりであるから、原告らの被告に対する本訴各請求は、原告シカエについては前記三の24の合計額金六二四万九六五〇円、原告ゆかりおよび原告克也についてはそれぞれ前記三の23の合計額金七一七万五、三五〇円と右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四一年五月三日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(桑原宗朝 野間洋之助 江口寛志)

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